乳がんとリスク因子
日本では、乳がん罹患者数は年々増加していて、女性のがんの部位別有病者数では、第1位となっています1)。2001年の統計より、乳がんの新規罹患者数は約4万人と推計されています。日本人の乳がんの生涯罹患率は、20~22人に1人です。また、日本人女性の乳がん発症年齢のピークは45~50歳であることが特徴です。
一方、米国では8~9人に1人が乳がんを発症するといわれています2)。欧米における疫学調査によると、乳がんの発症のリスク要因として、人種、年齢、乳がんの家族歴、初潮年齢、出産経験、閉経年齢、第1子出産時年齢、乳房生検回数、胸部への放射線治療歴、肥満(BMI)、飲酒などがあることが報告されています3)。それらのデータに基づいて乳がんの発症リスクを算定する統計モデル(ゲイルモデル等)が欧米では用いられますが、人種や臨床病理学的背景の異なる日本人にはそのまま適用できないのが現状です。
すなわち日本人と欧米人における乳がんは、発症年齢のピーク(日本人:45~50歳、欧米人:加齢により増加)が異なり、いわゆる閉経前乳がんが多い日本人に、閉経後乳がんが多い欧米人を対象とした調査およびそれを基に作られたモデルをそのまま適用することは難しいと考えられます。しかしながら、その中で乳がんの家族歴というリスク因子は、欧米でも、そして日本でも、乳がんリスクの増大に強く影響している要因と位置付けられます。例えば、第1度近親者が1人以上乳がんを発症している女性では、一般集団よりも乳がんを発症するリスクが2~4倍高いことが報告されています4)。
遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の診断と臨床的特徴
家系の中で乳がんの家族歴(家系内集積性)が見られる場合、その原因として遺伝要因が強く関与している可能性があります。そのような遺伝性の乳がんのうち、BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子のいずれかに生殖細胞系列の病的変異が検出された場合、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer; 以下HBOC)と診断されます。
HBOCの臨床的な特徴として、
(1)若年での発症、(2)同時性・異時性の同側・両側の乳がん、(3)同時性・異時性で乳がんと卵巣がんの重複発症、(4)男性乳がん等があげられます10)。
これらの特徴のうち1つでも当てはまる場合には、乳がんや卵巣がんの家族集積性が認められなかったとしても、遺伝性の可能性を示唆する臨床的特徴を考慮する必要があります。
HBOCのリスク評価を受けることが推奨される対象者
HBOCの可能性がある方に対しては、遺伝学的リスク評価をした上で、各々のリスクに応じた予防(1次予防、2次予防)や治療方針を提供することが大切です。米国では、患者の既往歴、臨床的特徴や家族歴に基づいて、遺伝性あるいは家族性が疑われる場合には、医療者は、遺伝学的なリスク評価や遺伝カウンセリングに患者(クライエント)を紹介することを考慮すべきだと考えられています10)。そして、遺伝学的なリスク評価を含む診療に関しても、各診療科の医療者や専門職から成るチーム医療で取り組むことが目指されています。
「医療者は、どのような場合に遺伝性の乳がんや卵巣がんを疑い、リスク評価や遺伝カウンセリングへの紹介を考慮すべきか」については、関連する学会や学術団体から発表されている指針等が参考になります。
米国の学会SGO(Society of Gynecologic Oncologists)は、婦人科系腫瘍の遺伝的易罹患性に対するリスク評価に関するステートメント7)の中で、BRCA1/2遺伝子に変異を有する可能性が高い患者の目安を示し、これに当てはまる方にはリスク評価(遺伝カウンセリング)を受けるように伝えることを推奨しています。
また、米国の学術団体NCCN(National Comprehensive Cancer Network)は、がんの診療方針をまとめた腫瘍学臨床実践ガイドラインの1つ「遺伝的要因/家族歴を有する高リスク乳がん・卵巣がん症候群」3)で、遺伝学的なリスク評価(遺伝カウンセリング)を受けることが推奨される患者の基準について以下のように記載しています(ここではHBOCを対象にし、抜粋して記載しています)。
- 若年発症性乳がん(50歳以下)
- 「2個の原発乳がん」もしくは「乳がんと卵巣がん/卵管がん/腹膜がんの併発」または、どちらの家系内(母方あるいは父方)の近親者(第3度近親以内)における「2個の原発乳がん」もしくは「乳がんと卵巣がん/卵管がん/腹膜がんの併発」
- 男性乳がん
- 卵巣がん/卵管がん/腹膜がん
- NCCN腫瘍学臨床実践ガイドライン「遺伝学的要因/家族歴を有する高リスク乳がん・卵巣がん症候群(2009年第1版)を参考に作成
遺伝カウンセリングでは、家族歴や患者の既往歴、手術歴等について詳細に聴取されます。それらの情報に基づき、HBOCを含む、遺伝性疾患の可能性についての評価が行われます。その上で、選択肢の1つとしてBRCA1/2遺伝子検査を考えることになりますが、遺伝子検査を受けるかどうかを決めるのは患者(クライエント)自身であり、医療者から勧めるものではありません。
HBOCの遺伝形式
HBOCは、常染色体優性遺伝形式をとります。つまり、BRCA1/2遺伝子に病的変異が検出された場合、突然変異を除き、性別に関係なく、第1度近親者は1/2(50%)の確率で同じ変異を有していると考えられます。ただし、浸透率が100%でないこと、とりわけ男性では乳がん発症リスクが女性ほど高くないことから、見かけ上では(乳がんや卵巣がんの家族歴だけでは)常染色体優性遺伝形式をとっていることが分かりにくい場合があります。
HBOCの頻度
乳がん全体のうち5~10%が遺伝性と言われています。
日本での調査では、乳がん患者の約8%の方に、乳がんの家族歴(ここでは、第2度近親以内の血縁者に乳がん患者がいること)があるという報告があります8)。しかし、より詳細な家系情報調査を行えば十数%に家族歴があるという単独施設からの報告もあります。
さらに、日本人を対象とした別の調査では、家族歴(第2度近親者以内に乳がんあるいは卵巣がんの既往歴のある方が1人以上いる)のある、乳がんあるいは卵巣がん患者の中で、26.7%の方にBRCA1/2遺伝子に変異が見つかったという報告があります9)。あくまで、概算ですが日本人乳がん患者ではその2~4%にBRCA1/2遺伝子に変異が見つかるのではないかという推測が可能です。


