遺伝性乳がん・卵巣がんについて知る

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乳がんや卵巣がんの5-10%は、遺伝的な要因が強く関与して発症していると考えられています。その中で最も多く、よく知られているのが、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(Hereditary Breast and/or Ovarian Cancer Syndrome, HBOC)です。HBOCは、BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子の生殖細胞系列の(生まれつきもった)病的な変異が原因で乳がんや卵巣がんを高いリスクで発症する遺伝性腫瘍の1つです。
HBOCの他にも、乳がんを発症するリスクが比較的高い遺伝性腫瘍としてLi-Fraumeni(リ-フラウメニ)症候群やCowden(カウデン)症候群が知られています。

若年発症の乳がん、同時/異時・同側/対側乳がん、乳がんだけでなく卵巣がんも発症した既往歴などは、HBOCを疑うべきサインです。また、乳がんや卵巣がんの家族歴が見られることもあります。一方で、乳がんや卵巣がんを発症した方の中にはこれらの所見やサインが見られなくても、BRCA1/2遺伝子検査の結果HBOCと診断された症例もあります。

HBOCは、遺伝性の疾患です。生殖細胞系列のBRCA1/2遺伝子の変異は、親から子へ、性別に関係なく50%(1/2)の確率で受け継がれます。例えば、BRCA1/2遺伝子の変異を持つ女性に息子と娘がいる場合、変異を受け継ぐ可能性はそれぞれのこどもで1/2です。こども2人のうちどちらか片方に変異が受け継がれ、もう片方には受け継がれない、ということではありません。

NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology, Genetic/Familial High-Risk Assessment: Breast and Ovarian, version 2, 2017(以下NCCNガイドライン)は、HBOCを含む、乳がんや卵巣がん発症のリスクが高い遺伝性腫瘍のための臨床ガイドラインです。このガイドラインは、エビデンスに基づいて、乳がんや卵巣がんの患者さん・その血縁者の中から、遺伝性腫瘍である可能性の高い方々を拾い上げ、詳しい遺伝的評価を行い、その病気に特化した医療が提供されることを目的としています。NCCNガイドラインが推奨する診療は、フローチャートの形式に必要となる具体的な基準や医学的管理の詳細情報が追加されて、詳述されています。

この診療の流れの最初にあるのが、乳がんや卵巣がんの患者さん・その血縁者から、乳がんや卵巣がんを発症するリスクの高いと思われる方々を拾い上げるステップです。これに取り組むことからHBOC診療が始まります。

>>>NCCNガイドライン「詳しい遺伝的リスク評価基準」を確認する

さらに、NCCNのガイドラインには「HBOC検査基準」が掲載されています。これに当てはまる場合には、心理的なアセスメントや支援、HBOCや遺伝に関する詳しい情報提供などのフォローアップが行われます。また、BRCA1/2遺伝子検査も検討されます。

>>>NCCNガイドライン「HBOC検査基準」を確認する

HBOCは、BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子の生殖細胞系列の(生まれつきもった)病的変異を原因とする遺伝性疾患です。BRCA1/2遺伝子検査は、HBOCであるかどうかを確定診断するための唯一の方法です。

BRCA1/2遺伝子検査は、すべての乳がん、あるいは卵巣がん患者に対して行われる検査ではありません。がんの既往歴や家族歴などからHBOCであることが疑われる場合に、確定診断の目的で検討されます。変異検出率―どのような既往歴があり、どのような家族歴が見られる場合に、どの程度の割合でBRCA1/2遺伝子に変異が検出されるか―は、リスク評価のために重要な情報になります。つまりHBOCと診断される可能性はどのくらいあるのかを知る手がかりになります。

>>>BRCA1/2遺伝子検査の変異検出率について詳しく知る

HBOCでは、乳がんになった後もう一度、同側または対側に原発性乳がんを発症する可能性があります。また、乳がんになった後で卵巣がんを発症する、あるいはその逆があることも知られています。そのため、HBOCに合った検診・サーベイランスや予防が必要とされます。

NCCNガイドラインには、HBOCと診断された場合に行われるべき検診・サーベイランスや推奨される予防法について男女別に詳しく書かれてあります。

BRCA1/2遺伝子検査によってがん未発症者の方に変異が検出されても、その方が将来必ず乳がんや卵巣がんを発症するというわけではありません。NCCNガイドラインには、変異を持つ女性が生涯にがんを発症するリスク(推測値)として、乳がんで41-90%、卵巣がんで8-62%と示されています。リスクに幅があるのは、調査・研究の対象になっている集団によって結果が異なるためです。とはいえ、BRCA1/2遺伝子変異を持つ方が、ある年齢時点でがん未発症であっても、残りの生涯のうちに乳がんや卵巣がんを発症するリスクは一般集団よりも高いと言えます。そのため、がん未発症であってもBRCA1/2変異を持つ方は、HBOCのための医学的管理が推奨されています。

>>>NCCNガイドラインHBOC医学的管理を確認する

日本でも遺伝性の乳がんや卵巣がんに対する取り組みが始まっています。現時点ではまだ日本における”HBOC診療のガイドライン”と言われるものが完備されていないので、海外の団体や学会のガイドラインを参考にし、様々な臨床研究の結果を考慮し、院内の設備・人的資源をふまえながら、あるいは他院と連携しながら行われています。
日本乳癌学会診療ガイドライン 疫学・診断編(2015年版)には、HBOCに関する項目として前述のNCCNガイドラインを参考にした予防的手術などが紹介されています。

>>>NCCNガイドライン「詳しい遺伝的リスク評価基準」を確認する

しかしながら、日本の現行の医療制度のもとでは保険医療では対応できないこともあります。

HBOCの個別化医療の取り組みの中で、リスクの高い患者・血縁者の拾い上げや個別化した医学的管理は、外科・乳腺科や婦人科などの臨床の現場で行われます。一方で、がんの遺伝学的評価、遺伝性腫瘍やBRCA1/2遺伝子検査についての情報提供、検査を行うときの同意の取得、遺伝子検査の結果の説明などが、遺伝医療の専門家によって遺伝カウンセリングという枠組みの中で行われることもあります。遺伝カウンセリングは、疾患の遺伝学的関与について、その医学的影響、心理学的影響および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセスです。
HBOCは遺伝性腫瘍ですから、遺伝性の疾患で考慮されるべき支援が必要になることもあります。心理社会的な問題への対応、血縁者の遺伝的リスク評価とそのフォローアップなどがそれにあたります。遺伝カウンセリングでは、そのような問題にも対応します。

HBOCを診るために、各診療科の医師やコメディカルスタッフと遺伝医療の専門家が協同することや連携する場面はよくあります。それぞれの診療科の枠を越えチーム医療で取り組んでいる医療機関もあります。また、院内ではなく病院間の連携で取り組んでいるケースもあります。遺伝カウンセリングは、遺伝性疾患の患者さんやその血縁者を取り巻く医療がうまく進むことを支援する窓口・仕組みでもあります。

現在の日本には、遺伝医療の専門家として、医師を対象とした「臨床遺伝専門医制度」による臨床遺伝専門医と、非医師を対象とした「認定遺伝カウンセラー制度」による認定遺伝カウンセラーがいます。どちらも各制度委員会が定めた研修・教育プログラムや試験を経て、日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会の共同で認定されます。全国で臨床遺伝専門医は約1,295名、認定遺伝カウンセラーは210名います(2017年4月現在)。また、遺伝医療部門(遺伝カウンセリング外来、遺伝診療部など)がある病院で組織されている「全国遺伝子医療部門連絡会議」のホームページでは、加盟している病院および遺伝医療部門の代表者の情報を確認することができます。